20世紀の画家達

 

 20世紀の後半に日本で有名になった画家達、ベルナール・ビュッフェもカトランも、ブラジリエ、ミッシェル・アンリ、カシニョールも彼ら先生の、シャプラン。ミディもモーリス・ブリアンションも皆、国立パリ高等美術学校出身(通称ボザール)だ。唯一例外はジャンセンで、彼はアルバニアの移民の子供で、モンパルナの夜間デッサン学校の出身だ。そのため、私はパリの国立美術学校は優れた画家の養成所だと思い込んでいた。

 

フランスで画家に会っても、なかなかボザール出身者に出会わない。殆どの画家が、(autodidacte)独学だ。ボザール出身の画家は何処にいるのだろうと不思議に思いつつ数年が過ぎた。最近、ボザール出身の2人の画家と仕事を始めた。マルチーフ・デラロフとフランシス・ベランジェールだ。二人とも、教養のある画家で、デラロフはルサロン(フランス画家協会の会長。ベランジェールは絵画部門の会長だ。二人ともボザールの出身だ。ここで、少しフランスのサロンの説明をしおこう。

 

 前述のル・サロン(フランス芸術家協会)は17世紀にルイ14世の元、宰相コルベールが創立したフランスで最も古い公募展だ。絵画のマーケットは17世紀に遡る。16世紀頃までは、画家は職人で、王国貴族、教会や富豪に頼まれて、注文で壁画や肖像画を中心に描いていた。その為に画家はヨーロッパ中を旅して、顧客の元に出向いて描いた。 17世紀になって徒弟制度などもだんだん崩れてきて、画家は描き貯めた絵画を、市場で売ったり、大きな町に絵画を売るギャラリーが出現し始めた。流通商品としての絵画マーケットの始まりだ。そういった時代背景の中で、ルイ王朝がル・サロンを年に1回開催した。ル・サロンの審査員達は応募してきた画家達を選別して、出来の良い作品のみに出展を許可した。当時は出展された絵画はすべて、王室が買い取って所蔵した。画家達は、毎年こぞってその年の代表作をル・サロンに送った。その後1789年にフランス革命が起こり、ルイ王王朝の消滅に伴い、ル・サロンも開催されなくなった。ルイ16世もマリー・アントワネットも処刑され、最後には数千人を断頭台に送ったロベスピエールもギロチンに掛けられ、嵐のような10年が過ぎた後1799年に、ル・サロンは開催された。その時の主催者は王室ではなく、民間団体のフランス芸術家協会だ。200年後の今日もやはりフランス芸術家協会が主催してル・サロンを開催している。国立美術協会もそのサロンの流を引いている。フランス共和国が開催しているサロンだ。サロン・デ・アンデパンダンも名前は有名である。19世紀にサロンに選ばれなかった画家達が、保守的な審査員に対抗して直接来場者に評価してもらおうと、審査員を置かない1884年にサロン・デ・アンデパンダンを作った。ジョルジュ・スーラーやポール・シニャック、アンリ・ルソーなどが有名だ。サロン・ドートンヌは1903年に、保守的なフランス芸術家協会と国立美術協会に対抗して、マチス、ルオー、マルケ、ボナール錚々たる画家達が創立した。その後、モジリアーニ、セザンヌ、ピカソ、ブラック、ルノワール、ミロ、ユトリロ、ブラマンク、ルドン、ヴァン・ドンゲンなどが加わった。戦後できた、サロン・デ・コンパレゾンはフランスの画家と外国の画家の交流を目的として創立された。その他に水彩画とデッサン展には油彩以外の絵画を出展する。大体この5団体がフランスで中心的なサロンだ。

 

 つまり、デラロフもベランジェールもその伝統あるル・サロンの会長だ。二人ともオリジナリティのある絵画を描く。ベランジェールはボザールで教鞭を取る教授でもある。そのベランジェーがぼやくのだ。「最近の学生25歳にもなっても大した絵画が描けない。やる気も感じられない。ルネッサンスの頃の画家達は皆20代であれだけの作品を生み出してる。この現象をどう説明すればいいのだろうか。」をしきりに、嘆いている。フランスではオフレコだ。つまり、最近はパリのボザールは優秀な画家の養成所である事をやめているようだ。20世紀の後半以降多くの半芸術の分野が誕生した。以前絵画なども入れて7芸術を言われていた。つまり、芸術分野は絵画・彫刻、音楽、詩・文学、ダンス、演劇など6分野で最後に映画まで入れて、7分野になった。ところが、最近は、商業デザイン、工業デザイン、イヴェント、ファッション、アニメまで芸術性が問われるようになっている。画家は個人事業主だ。もちろん、音楽家、文学者なども個人経営だ。ところが、デザインや、イヴェント、ファッションなどの新しい分野は、半芸術ではあるが、バックに巨大資本がついている。学生達は生活の保障の無い、個人事業主になるより大企業に就職したがる。もちろん、出版関係や学校の先生などアカデミックな就職先もある。あえて、リスクの多い画家には成りたがらない。つまり、美術学校は画家の養成所ではなくなってしました。

 

 確かに芸術の分野は絵画に限らず、才能と情熱で勝負する世界であり、学歴は大切ではないだろう。他の分野であれば、学校で習った事が、そのまま役に立ったり学歴でコネクションが出来たりするが、画家は絵画がうまくなければ幾ら学歴があっても、コネクションがあっても、勝負にならない。音楽も文学も映画などもそうであろう。映画の分野でも、黒沢明などは、京華商業高校の出身で大学を出ていない、天才北野武も2流処の私立大学を中退している。詩人の立原道造など、東大の建築学科を卒業しているが、詩は下手糞だ。味の付いていない綿菓子を食べているような詩だ。軽井沢という20世紀に出来た避暑地の魅力が彼の詩の魅力と勘違いされているようだ。建築家と言えば、安藤忠雄などは高卒でボクサー出身だが、世界中で安藤忠雄の名前をしらない建築家はいない。私は、安藤忠雄の講演を聞いた事があるが、しゃべりも天才的だ。

 

 つまり、絵画を含む芸術の分野は、才能と情熱で勝負する世界であり、学歴はそれほど意味がない。そういう意味では、最近のフランスの画家が独学であるのに異論はない。特に、20世紀の後半以降は、色々方法な絵画を習い感性を磨く事が出来る。美術学校だけが、絵画のテクニックの習得の場所ではない、むしろ学校以外のところに、インスピレーションを刺激される事の方が多いだろう。それぞれの画家のテクニックは企業秘密で、画家は公開しない場合が多い。才能と情熱があれば、必要に応じたテクニックを画家は学び生み出す。

 

 

 つまり、20世紀後半の優れた画家を生み出したボザールはあまり、優れた画家を生まないし公募展も余り意味がなくなってしまった。自分の眼で良い画家を見つけるしかない。ペイルマテオ、 リュバロ、も独学だし、クチュールなどはボザールでは無く、デザイン系の国立装飾美術学校出身のデザイナーで賞も貰っていないしし公募展もあまり熱心ではない。ニコル・クレマンも水彩画とデッサン展の副会長やサロン・ド・コロンブの会長ををしているが、独学だ。もちろん、ボザール出身の画家にも良い画家はいるし、公募展で良い画家に出会う事もあるが、ボザールと公募展が良い画家を生む揺籃であるという伝説は消滅した。

 

 

 

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