芸術家と職人

 

 フランスは芸術の国。ドイツはマイスター(職人の師匠)の国だ。メルセデス・ベンツやBMWなどの高級車はドイツのマイスターの高度な職人技に支えられている。彼らは顧客の厳しい要求に応えながら、均一で質の高い製品を作り続ける。磁器のマイセン、カメラのライカなども同じくマイスターから弟子へと受け継がれていく質の高い職人の技が生み出していく。中世のギルド(徒弟制度)以来のドイツの良き伝統がそこに、息づいている。フランスは、フランス革命を起こした国だ。伝統を否定して、新しい物を生み出す。また、個人主義の国だ。つまり、伝統も他人も関係ない。自分が作りたい物を作る。芸術家の第一の使命は、オリジナリティのある作品を作る事だ。他の人を同じ事をしてはならない。顧客など、関係ない。過去と現在の全ての物を、栄養にして自分の世界を作り出す。もちろん、技術とテクニックは職人並みのまた、それ以上のレベルを目指すが、まずはオリジナリティを確立する事が芸術家の第一条件だ。

 

 私がまだパリで学生の頃に、従姉が亭主と一緒にフランスに遊びに来た。いつもは月極めの格安定期でメトロにしか乗らない私だが、従姉夫妻の金でここぞとばかりタクシーにのった。従姉夫妻は西駅から列車に乗る予定になっていた。久しぶりにタクシーにのった私は、すっかり旦那モードになって、列車の時間があるから急いで10時までに、駅に着けるように命令した。擦り切れたズボンとよれよれのシャツを着た20代の若造に命令されて、運転手は一瞬の内に逆上した。<一方通行もあるし、渋滞だってあるかも知れない。その時間に到着できる保証は無い・・・etc>と幕したてた。それでも怒りは収まらず、車を止めて立ち上がり、車の外にでてタクシーの屋根に手を掛けて怒り続けた。先方は興奮して早口のうえ、かなり俗語が混じっているので、何を言っているかわからない。私は、モリエールの舞台でも見るような、気持ちで見ていた。運転手は言いたい事を言い尽くし興奮が鎮まると、車の中に入って運転席に付いた。眼鏡が見当たらない。しきりに眼鏡を探し始めた。私の従姉は冷静な人間で、何処に眼鏡があるか知っていた。運転手がさっき、タクシーの外に出た時、もっと怒り発散させるため、眼鏡を外してタクシーの屋根に置いたらしい。私に言われて、運転手が再び車の外にでると、案の定、眼鏡はタクシーの屋根に乗っかっていた。結局、彼らは列車に乗り遅れて、次の列車までの2時間ほど駅の構内をぶらぶらした。私も時間つぶしに付き合った。お陰で、只で昼飯にありつけた。これが、ドイツのタクシーとなると快適だ。ある時、成田からパリ行きのエアー・フランスに乗った。ところが嵐のため、パリのシャルル・ド・ゴール空港に着陸できなくて、ドイツのフランクフルトに不時着した。乗客には、高級ホテルのシェラトンの部屋が無料で与えられ、翌朝パリ出発となった。翌朝、ぎりぎりの時間まで寝ていた私は、大慌てで荷物をまとめ、髭もそらずにタクシーに飛び乗った。タクシーの運転手に事情を話すと、運転手は無言でうなずくと、猛スピードで走り出した。なにしろ、ドイツのアウトバーンは制限速度無しだ。10分程で空港に着き、運転手は満足そうに、時計を指し示した。ドイツのタクシードライバーはやはり、立派なマイスターだ。客の注文に高いれレベルで忠実に応える。これが、芸術家気質と職人気質の違いだ。芸術家は自分のやりたいようにやる、芸術家に口出ししてもろくな事にならない。芸術家はタクシーの運転手向きではない。

 

 ドイツの画家は仕事がしやすい。こういった感じで画いてくれと頼むと忠実に、同じような絵画を画いてくれる。良く売れる雰囲気の絵画を、無限に画いてくれる。勿論、技術も高いし、均一な良い作品を画いてくれる。画商にはとてもありがたい。フランスの画家はそうは、いかない。フランス人は社交性があって、話していても楽しいし色々心使いもしてくれる。しかし、絵画の制作に関しては、私の注文に従わない。自分が画きたいように画く。勿論、彼らもプロの画家なので、顧客の嗜好も良くわかる。出来るだけ私の注文に近づけようとする。しかし、決して私の注文どうりの絵画は画かない。彼らは、私の注文を良く理解して、そこから、彼らなりの結論を引き出す。だから、まったく同じ絵画は画かないが、上手に誘導すれば、売れ筋の絵画の方向に画家を引っ張っていく事は出来る。つまり、ドイツの画家はある意味で伝統に根ざした立派なマイスターであり、フランスの画家は一流から3流まで芸術家だ。どちらに軍配を上げるかは、各自の判断だ。

 

 弊社の契約作家で、特に難しいのはやはり天才ミッシェル・アンリだ。ミッシェル・アンリは、真摯でプロ意識も高く、ビジネスにも理解が深いい。けれど、注文どうりの絵画を画かない。いくら、頼んでも、脅してもだめだ。これと、同じ雰囲気の作品を10枚画いてくれと言うと。<ノートにメモッタから、安心しろ。>と言う。それから、半年程して、ミッシェル・アンリから新作が10点届く。私が頼んだような作品は1点も無い。ただ、どの作品も独創的で素晴らしい作品だ。今までに無い雰囲気の作品が半分ぐらいは何時もある。もちろん、たまに、こけている絵画もある。つまり、80歳になっても、日々新しい絵画を模索している。パリで知り合いの美術評論化とミッシェル・アンリと三人で食事をした。そこでも、私はミッシェル・アンリに絵画の注文をつけた。美術評論家は<武田さんの言うとうり画けば売れるんだから、そのとうり画けよ、ミッシェル>と加勢してくれる。ミッシェル・アンリは<私は、武田さんの言うとおり描こうとするんでだが、この手が勝手に動いて別の絵画を描くんだ>という。多分本当だろう。象徴的な意味で。ミッシェル・アンリは非常に明晰な人で、人の言葉に良く耳を傾け、優れた理解力のある人だ。そして、私のビジネスにも援助を惜しまない。だから、私の言っている意味も状況も良く理解しているはずだ。また、出来れば、私の注文に応えたいとも思っている事だろう。ところが、彼の才能とイマジネーションが、それを許さないのだろう。ミッシェル・アンリは卓越した絵画制作能力とテクニックを持ち、また、マーケットも意識している。けれども、同時に内部から沸き出るイマジネーションの泉、インスピレーションに導かれて描く。結局、芸術家とくに、ミッシェル・アンリのように、天才的な画家に注文をつけても無駄だ。その、才能が生み出す果実を、尊敬しながら味う以外方法はない。それでも、私はミッシェル・アンリにも、注文をつける。それは、私の注文が頭の隅にこびりついて、インスピレーションに少しだけ影響を与えてくれるかも知れないと淡い希望をいだくからだ。

 余談だが、ミッシェル・アンリと同窓で20歳でいきなりフランスで有名になり、日本でも有名に成った画家は、20歳から死ぬまで同じ絵画を描き続けた。ずいぶん金持ちになってヘリコプターまで持っていたそうだが、退屈な人生ではなかったか。パリ国立美術学校でミッシェル・アンリの隣のクラスだった画家も日本ではミッシェル・アンリより有名だが、20年前と同じ絵画を描き続けている。彼らは、画商にとってはとても良い立派なマイスターだ。私はフランスの芸術家達に手を焼きながら、結構楽しく仕事をしている。

 

 

 

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