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森の仙人 ジェベール

更新日:2020年11月27日

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森の仙人画家

2005年の11月だったと思う。パリからエアーフランスを乗り継いでアルザス地方のミュールーズの空港に着いた。ここは、スイスとの国境の町で空港名もフランスの空港名ミュールーズとスイスの空港名バーゼルの二つある。同じ空港なのだ。出口も2つある。フランス側とスイス側だ。フランス側に出ると、フランスの入国審査と税関検査を受ける。当然スイス側にでると、スイスの税関が調べる。間違えて反対側にでると、再入国の手続きをしないといけない。島国の日本人には、不思議な感じがするがヨーロッパの国々はいくつかの国と国境を接しているので、あまり気にしない。

アルザス地方では、日本人は名士だ。このあたりは日本のメーカー、シャープ、東芝、パナソニックなどが工場を持っている。当然住んでいる日本人は高級管理職で、労働者はフランス人だ。アルザスだけでなく、フランスでは、一般的に日本への評価は高い。20世紀の終わりごろから始まった、日本文化ブームもまだ続いている。日本の映画、アニメーション、漫画、食材(すし、しょうゆなどは代表的だ)、文学、演劇。Japanease cool (日本人はクールでかっこいい)という英語はロンドン発らしいが、フランスでも日本文化はかなり浸透している。30年程前(今は2008年)は、フランスに日本レストランなど数えるほどしかなかった。パリのパレ・ロワイヤルの周りに数件あっただけだ。サントリー、大阪など接待用の高級レストランで、旅行者や、学生はもっぱらラーメン亭という、チャーハン、ラーメン、カレーライスと餃子の店を愛用していた。そのどれも日本人が経営していて、今は残っていない。ところが、最近日本レストランはいたるところにある。だが、経営者も従業員も日本人ではない。中国人、韓国人、カンボジア人などのアジア系の人たちが経営している。フランスだけも、数百件はあると思われる。パリで中華料理をやっていた店が日本レストランになった例は山ほどある。映画監督の北野 武、アニメの宮崎 駿などの崇拝者は数知れない。能、歌舞伎も大成功。陶器や磁器などの日本の工芸も人気がある。スポーツでも日本の武道は人気があり、柔道人口はサッカー人口についで2番目だ。合気道、空手なども人気が高い。唯一人気が無いのが、絵画だ。浮世絵、雪舟、狩野派などの古典はさすがに普遍性があって、評価されている。明治以降の洋画、日本画は誰にも相手にされない。日本人がよく、パリで個展などするが、あれは、日本向けのデモンストレーションであって、フランスの人たちは見に行かない。日本趣味の人が、見に行っても、面白くないので、2度と行かない。フランス人の文化的な感度は高い。偽者ではだませない。日本人の画く絵画は偽者なのだろうか。この設問に対する答えは難しい。色んな角度から、検討しないといけないだろう。また、風当たりも強い事であろう。絵画とマーケットに関する、考察は他の機会に回そう。

その、ミュールーズの空港に着いた、確か2004年の初夏だったと思う。ジェベール夫妻が地元のテレビ局のアナウンサーと迎えに来てくれた。ジェベールは元々役人で、ワインの品質管理の仕事をしていたが、辞めて画家になった。ニュールーズの空港から車で30分ぐらいの所にある山を買って、小屋を建てて住んでいる。舗装された道から、がたがたの道の車が一台通るだけの道に入ると<ここからが、私の地所だ>という。そこから10分程車で山道を登った所に山小屋が現れた。山小屋のそばで車のエンジンを切ると、素晴らしい。小鳥のさえずり、風の音、小川のせせらぎが小さく聞えてくる。数十年分の疲れが一度に塊になって出てきて、少しずつ空気の中に解けていく。都会の雑踏で過ごした、日々がまったく失われた過去のように感じられる。

ジェベールと妻のエレーヌがここに二人ですんでいる。娘や孫が時々遊びにくる。アヒルや鴨、山羊も家族同様らしい。偶々、この日は鴨を丸焼きにして、皆で昼食会をした。私は、「この鴨はさっきまで、あの小川で泳いでいた奴ですか」と尋ねるとジェベール曰く「家の動物達は全員、老衰か病気で死ぬ」つまり、ジェベールの家畜達は食用ではなくて、あくまでも家族扱いらしい。アヒルなどは、エレーヌを母親だと思って後をついてくるそうだ。同じ村のジャンはクロードも遊びに来る。孫のアレクサンドラの中学が休みなので、やって来る。彼女はもう、あちこち立派に成熟しているので、すっかり大学生ぐらいに見えるが、中学生だ。話してみるとやはり幼い。田舎の中学生の女の子だ。皆、集まって日本から来た旦那(私)と昼食をして、珍しい日本の話が聞きたいらしい。

 私はこの森の生気に満ちた、ジェベールの絵画を日本に届けようと思った。ジェベールの森や花が商業主義と競争社会に疲れはてた日本人の心をいやす事だろう。アルザスの山奥の自然ともに生きる人々の心が伝えてくれる事だろう 。

 その後数年間、私がフランスに行く度に、奥さんのエレーヌさんと一緒にパリに会いに来てくれたが、2008年頃に心筋梗塞で倒れて遠くに行かれなくなり、フランスに行く度に私が飛行機やTGV(フランスの新幹線)で会いに行く事になった。彼の絵画はやはり日本でも好かれて、有名百貨店で個展、総合展に出展した。2014年にフランス共和国大統領より、芸術的活動に対して国家功労勲章を授与されその後、2016年にアルザスの自然に囲まれた、安らかに逝った。

                                   

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フランスは芸術の国。ドイツはマイスター(職人の師匠)の国だ。メルセデス・ベンツやBMWなどの高級車はドイツのマイスターの高度な職人技に支えられている。彼らは顧客の厳しい要求に応えながら、均一で質の高い製品を作り続ける。磁器のマイセン、カメラのライカなども同じくマイスターから弟子へと受け継がれていく質の高い職人の技が生み出していく。中世のギルド(徒弟制度)以来のドイツの良き伝統がそこに、息づいている

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