軽井沢ギャラリーヴァン・ド・フランスミッシェル・アンリを迎えて

画商のつぶやき  武田 康弘

 

 ジャン・ピエール・カシニョールはプランスのブランドジバンシー部長の息子で、まあ中位の小坊ちゃん。通称ボザール正式には国立パリ高等美術学校のシャプラン・ミディのクラスで学んだ。アトリエの先輩にミッシェル・アンリがいた。アトリエへ入る試験の時の試験官がミッシェル・アンリで、有名な画家同士にしては珍しく仲が悪くない。

15年以上昔なので、どうして知り合ったのかも忘れてしまったがCT女史という、フランスのオークションの鑑定人と私が仲良くなった。彼女は以前日本の伊藤忠だかと取引があり、日本に好感を持っていた。また、フランス...

 

オープンしなかったミッシェル・アンリ美術館

 

ミッシェル・アンリ美術館の話を始めて聞いたのは、20世紀最後の頃の気がする。

ミッシェル・アンリは、フランス北西部のラングルの生まれで、その故郷に美術館ができるとの事。

当時の市長はバリバリのシラク派でミッシェル・アンリの竹馬の友だ。美術館用に敷地が500~1000坪程で建坪も200坪~300坪ぐらいある古い建物を買った。ところが、屋根の修復だけで5億円掛かかり、内装も入れると莫大な金額になることが分かった。何しろ人口2万人弱の小さな市の事だ。この市長は予算がつかない内に任...

 

森の仙人画家

 

2005年の11月だったと思う。パリからエアーフランスを乗り継いでアルザス地方のミュールーズの空港に着いた。ここは、スイスとの国境の町で空港名もフランスの空港名ミュールーズとスイスの空港名バーゼルの二つある。同じ空港なのだ。出口も2つある。フランス側とスイス側だ。フランス側に出ると、フランスの入国審査と税関検査を受ける。当然スイス側にでると、スイスの税関が調べる。間違えて反対側にでると、再入国の手続きをしないといけない。島国の日本人には、不思議な感じがするがヨーロッパの国々はいくつかの国と国境を接し...

 

 

飯館村にペイネとミッシェル・アンリの美術館をオープンしよう

 

 

2003年頃、飯舘村の菅野村長が軽井沢プリンスホテルでの研修会に参加した時、ギャラリー・ヴァン・ド・フランスでペイネの版画を買った。その後、私に電話があり、飯館村の逢の澤にペイネ美術館を作りたいので、沢山作品が欲しいとの事だった。2年間程の間に50点程買ってくれた。菅野村長は個人で買って、美術館が出来たら村に寄付する予定にしていた。数年後、仙台三越でのミッシェル・アンリ来日展に奥さんと一緒に来てくれた。ミッシェル・アンリの絵画を見て、同時に画家に会っ...

20世紀の画家達

 20世紀の後半に日本で有名になった画家達、ベルナール・ビュッフェもカトランも、ブラジリエ、ミッシェル・アンリ、カシニョールも彼ら先生の、シャプラン。ミディもモーリス・ブリアンションも皆、国立パリ高等美術学校出身(通称ボザール)だ。唯一例外はジャンセンで、彼はアルバニアの移民の子供で、モンパルナの夜間デッサン学校の出身だ。そのため、私はパリの国立美術学校は優れた画家の養成所だと思い込んでいた。

フランスで画家に会っても、なかなかボザール出身者に出会わない。殆どの画家が、(autodidacte)独学...

 

芸術家と職人

 

 フランスは芸術の国。ドイツはマイスター(職人の師匠)の国だ。メルセデス・ベンツやBMWなどの高級車はドイツのマイスターの高度な職人技に支えられている。彼らは顧客の厳しい要求に応えながら、均一で質の高い製品を作り続ける。磁器のマイセン、カメラのライカなども同じくマイスターから弟子へと受け継がれていく質の高い職人の技が生み出していく。中世のギルド(徒弟制度)以来のドイツの良き伝統がそこに、息づいている。フランスは、フランス革命を起こした国だ。伝統を否定して、新しい物を生み出す。また、個人主義の国だ。つ...

3・11震災直後のダニエル・クチュールの来日

 

2011年5月にダニエル・クチュールが来日した。

3月11日の震災後、フランス政府は在日フランス人に帰国を勧告した、放射能被害を避ける為だ。私はヴォランティアで、2010年8月~2011年8月まで1年間日本の高校に通フランス人女子高校生のカウンセラーになって、彼女のお世話をした。入学の打ち合わせに高校にいったり、始業式に付き添ったり、ホストファミリーが変わる度に引っ越しを手伝ったりしていた。彼女は2010年の9月ぐらいには、学校での生活が合わなくて、途中でフランスに帰りた...

 2007年5月にフランス美術専門誌ユニベール・デ・ザール社が日本でフランス画家のデモンストレーションをした。オーナーで、編集長のパトリス・ド・ラ・ペリエール夫妻が来日した。ドラペリエール氏とは、20年数年来の友人なので、私も招かれてこの展示会に出かけた。すでに、弊社と独占契約をしていたミッシェル・マルグレイ,ミッシェル・アンリ,ジェラール・ジェベールなどの人気作家も含む100人程のフランス作家が展示された。その内10人程の作家が、私の目を引いた。私は、その10人程の作家の名前をメモして、パトリス・ド・ラ・ペリエー...

レイモン・ペイネ版画 恋人達の愛の世界と私

南フランスのラングドック地方の首都モンペリエは、大学都市として有名だ。特に医学部は歴史が古く、カルガンチュア物語を書いた中世の文学者フランソワ・ラブレーや日本でも20世紀後半に随分話題をまいた、ノストラダムスの大予言<le siecle>を書いたノストラダムスもモンペリエ大学の医学部で学んだ。

 私は、1970年代にそのモンペリエで数年間をすごした。市街地近くの伝統ある医学部や法学部ではなくて、町の郊外にある新設の文学部だ。町から少し隔離されるように、大規模なキャンパスと学生...

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