現代 エコール・ド・パリ展

ヨーロッパの絵画の歴史は古く、ギリシャ&ローマ時代からの輝かしい伝統がある。近世以降は14世のルネッサンスのイタリア、オランダ、スペインと絵画の中心が移って、19世紀になってからは、フランスを中心として、オーストリアやドイツなど周辺地域でも素晴らしい絵画芸術が花開いた。

フランスでは、19世紀の初めに、(ギリシャ神話などを題材に画がいた)新古典主義のルイ・ダビッド、アングルなどます有名になった。その後に東方のドラマチックな出来事などを、荒々しく描いたロマン主義画家ドラクロワやジェリコーが現れてきた。次には、自然や庶民の自然の中での生活をありのままに描いた、自然主義のミレー、コロー、写実主義のクールベなどが出現し、いよいよ印象派の登場となる。

光りの具合とか、見る人によって風景は変わるので、全くの写実はありえないとの考え方が印象派の基本にある。つまり、もう少し主観的に描く人達が現、主観的にということが印象という言葉になった。モネ、マネ、ドガ、ロートレック、ピサロ、シスラー、シニャック、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ、カイユボットなどの印象派の画家が輩出した。さて、20世紀に入ろう。現実よりも、強烈な色彩を用いて、マチス、ドラン、ブラマンク、ブラックなどが描いて、フォーブ(野獣派)と言われた。

その後、ブラックはピカソとキュビスムに舵を切り、マチスはより装飾的な絵画を描いた。20世紀に入って、フランス人のみならず、外国の才能のある画家たちもパリに集まり、その才能を開花させた。20世紀前半にパリ周辺で才能を開花させた画家達を、総称してエコール・ド・パリの画家という。エコールはフランス語で学校の意味だ。それに対して、印象派、ロマン派、キュビスムなどはism(主義)だ。ism主義の場合は、その主義に属する画家達は絵画的な特徴が共通する。しかし、エコール・ド・パリの画家達は違う、パリを学校に例えて、その時期にパリで才能を開花させた画家達という意味だ。場合によっては、パリに来た外国の画家のみをさす場合もあるが、広くとらえれば、20世紀前半にパリで描いた有名になった画家たちをひっくるめて、エコール・ド・パリの画家と言う。有名なところだけでも、ピカソ、シャガール、マチス、ボナール、ブラック、ローランサン、ユトリロ、ヴァンドンゲン、スーチン、モジリアニ、フジタ、ブラマンクなどの名前が思い浮ぶ。

20世紀後半になると、ヨーロッパが世界の中心であることをやめた。だからといって、芸術の中心がニューヨークに移ったとの考え方も無理がある。視覚芸術がいろんな形に分散した。絵画、ファッション、映画、写真、商業デザイン、工業デザイン、漫画、イヴェントなど分野が華やかに登場し、視覚芸術が単にキャンヴァスの上にのみとどまることをやめまた。絵画はそれでも、視覚芸術の重要なそして、創造的な分野であり続けている。

さて、第二次大戦後はフランスの絵画は重要な輸出産業になった。国内向け、アメリカ向け、ドイツ向け、日本向け・・・などた。日本向けの最重要なアイテムはビュッフェ、ブラジリエ、カトラン、カシニョール、ジャンセン、その次にアイズピリ、コタボー、ギヤマン、シャロワ、ワイズバッシュ、ブーリエ、ドートルロー、ガントナー、ミッシェル・アンリ、などだ。この、日本向けアイテムの生成を説明しよう。ヴィカールというフランス人がいた。

この人はフランスの大衆化粧品会社ロレアルの創業者だ。この人は大の絵画好きで、1970年代にロレアル化粧品から退き、ロレアル化粧品の株を打った巨万の富でパリにヴィジョン・ヌーヴェルという版画(リトグラフ)の制作会社を創立した。彼は、ビュッフェ、ブラジリエ、カトラン、ジャンセン、カシニョールなどの絵画を版画にしました。同時に日本でもヴィジョン・ヌーヴェル・ジャポンという版画の販売会社を立ち上げた。ヴィジョン・ヌーヴェル・ジャポンがこれらの作家を日本で有名にした。1980年代後半の折からの版画ブームにのり、彼らは有名になり、版画が高値で売買された。

彼らは、さらに儲けるためビジョン・ヌーベルを離れ、独自で版画を作りおおいに儲けた。彼らに去られた、ヴィジョン・ヌーヴェルは第2世代の画家、アイズピリ、コタボー、ブーリエ、シャロワ、ドートルロー、ギヤマン、ワイズバッシュ、デペルトなどの版画を摺った。彼らも結構有名になったが、最初の画家程の高値にはならなかった。柳の下にどじょうは一匹半しかいなかった。日本では、主に為永画廊がこれらの第2世代の画家の受け皿になり油彩を売った。ヴィジョン・ヌーヴェル・ジャポンは1992-3年に倒産し、パリの本社も1995年ごろには倒産した。ヴィカールさんも一文無しになってニースの小さなアパートでなくなった。絵画好きのヴィカールさん巨万の富をすべて使って、上記のフランス画家を日本で有名にした。本人は大満足だったに違いない。

マルク・エステルというフランス人の画商が、 1971年から関西の百貨店で現代エコール・ド・パリ展を始めた。マルク・エステルはヴィジョン・ヌーヴェルの画家以外にも良い画家がたくさんいることを知っていたので、日本に紹介されていない良い画家を紹介して日本のマーケットに根付かせようとした。

ミッシェル・アンリはヴィジョン・ヌーヴェルの画家ではないので、マルク・エステルが日本に紹介した。その他にも、フランス画壇を代表するような良い画家を紹介し続けた。それらの画家は、ヴィジョン・ヌーヴェルの画家ではないので、絵画の質の割りには、ヴィジョン・ヌーベルの画家に比べるとずいぶん安く買えた。この、マルク・エステルの心ざしは素晴らしいと思う。ところが、マルク・エステルは20年程前自分も画家になり、画商の仕事を投げ出してしまった。

2009年の現在、30~40年前にヴィジョン・ヌーベルが日本に紹介した画家たちは今風化しつつあり、マルクエステルが日本に紹介した画家達も、ほとんどいなくなった。しかし、いまも、日本の画家と全く違った、明るい光とオリジナリティのある絵画を描く良いが画家達がフランスに沢山いる。私はマルクエルテルが投げ出した仕事をやり遂げなければならないと思っている。 毎年2回はフランスに行き、いろいろな画家と友達になり日本し紹介し、彼らのマーケットを開拓している。

弊社の作家は皆もそれなりにフランスで活躍している。だから、私との取引はフランス絵画を日本に定着させる為の支援ぐらいに考えている。ヴィジョンヌーベルの画家が高値で定着できたのは、ヴィジョンヌーヴェルによる多額の広告宣伝による。弊社は画家たちの協力により、お求めやすい価格設定にして、地道に努力していく道を選んでいる。


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