カシニョール坊ちゃん
- 2010/10/14 (木) 0:28
- 画商のつぶやき
- ジャン・ピエール・カシニョール
ジャン・ピエール・カシニョールはプランスのブランドジバンシー部長の息子で、まあ中位の小坊ちゃん。通称ボザール正式には国立パリ高等美術学校のシャプラン・ミディのクラスで学んだ。アトリエの先輩にミッシェル・アンリがいた。アトリエへ入る試験の時の試験官がミッシェル・アンリで、有名な画家同士にしては珍しく仲が悪くない。
15年以上昔なので、どうして知り合ったのかも忘れてしまったがC・T女史という、フランスのオークションの鑑定人と私が仲良くなった。彼女は以前日本の伊藤忠だかと取引があり、日本に好感を持っていた。また、フランス語をわりと流暢に話すちょっと変わった、日本人(私)が気に入ったらしくて、一緒に食事をしたり、家にも招いてくれた。オジェという人物画を描く、物凄く女好きて無鉄砲な画家がいた。そいつがアメリカから戻って来たから組んでそいつで一緒に一儲けしようと持ちかけられた。その頃は、まだ版画が良く売れた時期で、そんな聞いたこともない画家の話など、興味は無く、彼女がカシニョールのお姉さんだか妹だかと仲が良いのでカシニョールを紹介してもらう事にした。当時はビュッフェ、ブラジリエ、カトラン、カシニョールの版画を安く仕入れられれば、それこそ一儲けも二儲けも可能だった。
散々彼女の機嫌を取って、カシニョールの家に連れて行ってもらった。凱旋門から、放射状に出ている通りの一つで、凱旋門から数分の所だ。表札にはJPCとしか書いていない。その日、カシニョールは引越しの準備で急がしかった。まだ、 3人目の奥さんの子供が4-5歳でアパルトマンの中をショロチョロしていた。パリにいると、来訪者が多すぎて、ゆっくり子供と遊ぶ暇も無いのでスイスに引っ越す事にしたそうだ。私はその話を鵜呑みにした間抜けだが、他の人は別の意見だ。スイスの方が圧倒的に税金が安く、また、銀行に隠し口座が持てるからだと言う。つまり、カシニョールは随分儲けているそうだ。それはそうに違いない。どちらが正しいのか。日本のように、フランスも本音と建前があるのだろうか。
それはさて置き、私は有りっ丈の知識と、私が知る限りの形容詞を使って彼の版画を褒め上げた。また、ムッシュー・カシニョールを連発してやった。彼は、すっかり気を良くして私に版画を売ってくれる事になった。小さな電卓を持ってきて、版画の入っているケースを次々に開けて電卓を叩いて見せた。私は日本で買うより安そうな値段の版画で、売れそうなのを10枚程選んで買った。しかし、この値段では一儲けも二儲けもは、できない。せいぜい、日本で業者から買うより30%程安いだけだ。作品によっては、日本で買うほうが安いのもある。これは、やはり相当に儲けている。まあ、別れた女への慰謝料をかなりはらっているらしい。2人だから大変だろう。儲けているだけに、先方も慰謝料を吹っかけたことだろう。
CT女史によると、私の態度は理想的だったそうだ。何しろ、私は全身全霊で、ありとあらゆるレトリック(修辞法)を使って媚びたのだ。効果がなければ、よほど私があほであろう。それだけ苦労した割には、大して安くもなくて少々拍子抜けした。まあ、いつかいい事でも有るだろうと思い、彼女にも紹介料を払い、夕食もご馳走してあげた。
リトが届き請求書が届いたので、振込み先を問い合わせたら、パリではなく新しくスイスに口座を作るからそちらに振り込んでくれと言う。金持ちは急がない。数ヶ月した頃連絡が来て、日本に行くからその時に現金で欲しいという。私は帝国ホテルに現金を持って行った。東京相和銀行にフランス・フランの換算率を聞いたら、担当者は気を利かして、私に最も有利なその銀行のフランを買う時の換算率を書いて寄越した。私はそのメモと、現金を持ってホテルの部屋に行った。現金とメモを見たカシニョールは、換算率が安すぎるのではないかと疑い、知り合いの女画商に電話をした。彼女は目一杯彼に有利な換算率を言ったらしく、カシニョールは怒り出した。あんたは泥棒か、とまでいったものだ。あまり、怒るのでしょうがなく、追加で少し払ったら機嫌が直ったが、「私は少量しか買わなくてめんどくさいから、以降は L女史から買って欲しい」という。私もその値段では卸をする訳にも行かず、小売用なら年間10枚もあればいので、以降そうする事にした。
その後、品川プリンスホテルの新館がオープン。西武ブループの堤 義明会長がカシニョールを日本に呼んだ。品川プリンスホテルのステンドグラスを作らせ、その図柄を版画に起し、ノリタケに食器まで作らせた。ホテルのオープンに先駆けて展示会もやり、2000万円程売ったらしい。当時としてはたいした金額ではなかった。堤 会長は機会ある事にカシニョールの版画や原画を買い、軽井沢プリンスホテルなど以前は全室カシニョールの版画で飾られていた。私もなぜか呼ばれて、半日程通訳の真似ごとをした。
その後、カシニョールに会う機会はない。数年まえ、カシニョールの画業50年だかのパーティーの招待状が届いたが、時間が取れなくていかなかった。カシニョール以外にも、日本ではビュッフェ、ブラジリエ、カトラン、ジャンセンなどがブランドになっている。彼らのマーケットは主に日本だ。日本での彼らの評価が高すぎて、フランス人は買えない。買えないというより、買わない。もっと安い値段で買えるいい画家が沢山いるのに、日本人につられて彼らが認める価値より何倍も高い値段で買う必要がない。余談だが、フランス画家でレジオン・ドヌール勲章を受章する人は5年に1人ぐらいだ。上記の画家でレジオン・ドヌール勲章を受章しているのはブラジリエだけだ。当社のミッシェル・アンリがレジオン・ドヌール勲章を受章していて、カシニョールの先輩であることを考えれば、カシニョールの絵画が日本で、ミッシェル・アンリ4~5倍の値段で売られているのはやはりフランス人には奇妙に見えるらしい。もちろん、絵自体もミッシェル・アンリの方が良いと私は思う。フランス人でカシニョールのみならず、日本ブランドの絵画を収集する人にあった事がない。
私は日本に知られていないけれど、面白い絵画を描く画家に夢中なのだ。そのうち 10人ぐらいとはもう、契約して、あちこちの百貨店で良心的な値段で売っている。その内に、日本の人たちも目が肥えて来て、良い絵画を画く画家の仕事をきちんと評価してくれるに違いない。なにしろ、日本人は明治以前の日本画、陶器、工芸、演劇、日本食など世界に誇れる芸術文化を生んだ国民だ。画商が故意にブランド画家を作らなくても、目が慣れれば質の高い作品を見分けることが出来るはずだ。
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